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Yale Center for British Art

ずいぶん時間が経ってしまいましたが、ニューヨーク紀行のつづきです。

この世に星の数ほどある建物の中に、「20世紀最高の建築」と称えられる建物があります。

”Yale Center for British Art”は、20世紀の世界の名建築の中で10本の指には入るであろう建物の一つで、世界中の建築家に絶大な影響を与えました。20世紀最後の巨匠、ルイス・カーン晩年の作品です。

この建物が評価される理由としては、「建築物としての完全さ」や「空間の構成」・「ディテール」等が挙げられると思います。

しかし私が感じるこの建物の最も優れた特質は、美術館建築ではなかなか見られない、住宅のようにリラックスできるあたたかな空間でした。


YALE UNIVERSITYは、ニューヨーク北部のコネチカット州ニューヘイブンにあります。
ルイス・カーンのYale Center for British Artだけを目的に出かけたのですが、たどりついたYALE UNIVERSITYキャンパス全体にまずは驚かされました。

イギリス本国のゴシック様式のキャンパスは、リアルにハリーポッターの世界で、伝統の重々しさと威厳がひしひし感じられます。
中国や世界中の富裕層が子供をアメリカの大学に留学したがる理由が良くわかります。
もちろん世界でトップレベルの学力と教育を行っていることが主な理由ではありますが、こんなキャンパスで学問を行うとは、あまりにも立派な研究がなされているような気がして、圧倒されます。


こんな重厚なキャンパスの中に現代的なモダンな建物が建っていいては、どんなに世界最高の建築であっても歴史的な建物にはかなわないのではないか・・・と感じながらアートセンターを探します。



歴史的な建物群の中に、British Art Centerが目立たない姿でたたずんでいます。

あまりにも何気ないというか、世界中どこにでもある「殺風景な建物」と多くの方が感じるかもしれません。
実際そのとおりです。
コンクリートのフレームにガラスと金属パネルがはめ込まれた、非常にシンプルなデザイン。


世界中どこにでもあるデザインに見えるのは、あまりにも多くの建築関係者がこの建物の真似をしたり、影響を与えられてきたせいでもあります。

建物内部の機能に応じた窓の取り方に、ルイス・カーン独自の特徴が見られます。


中に入ると・・・深く大きな吹き抜けが待ち構えています。
5階建ての建物の下から上までを貫く、巨大な吹き抜けです。
これよりも巨大な吹き抜けは近頃良く目にしますが、この空間は井戸のように狭く深い、非常に印象的な吹き抜けです。
深い井戸の底から遥か上空の光を見上げる感覚です。


内部は外観とは対照的に、コンクリートで作った柱・梁に、木の箱がはめ込まれた、心なごむ雰囲気です。
トップライトから差し込む自然光のおかげで雨天にも係わらず非常に明るく、通常密閉された空間の多い美術館とは思えないほどです。


彫刻が無ければ、図書館か何かの公共施設かと感じてしまします。


展示空間は、何重にもルーバーやガラスを重ね、ぼんやりとした光を放つトップライト以外は、非常にオーソドックスな雰囲気です。
建物の屋根全てが、この独特なトップライトで覆われています。

展示室全体は、壁の配置からかどことなく日本の民家やお寺の"襖と障子"の空間を感じさせますが、住宅を敷き詰めた床面と木の縁取りの壁は、最近の美術館ではまず見られない柔らかでアットホームな雰囲気です。

イギリス中世から近代の絵画に特化した展示空間です。


展示室に隣接して、キュレーター用らしき部屋があります。
美術館の中のオフィス空間なのですが、個人的な書斎のような非常に家庭的な雰囲気で、美術館にいることを忘れてしまいそうです。


圧巻は、絵画の大広間とでも呼べそうな、3層吹き抜けの大空間です。
私のカメラではとてもこの空間の巨大さが表現できません。
掛けられた絵画も巨大です。
これより大きな吹き抜け空間はこの世にたくさんありますが、他の展示空間の狭さのためか、もしくは珍しい木質の大空間のためか、実際以上に広く感じる、印象深い吹き抜け空間です。


巨大なのですが、一方ではまるで住宅の大広間で絵を眺めるような雰囲気です。


コンクリートの構造体と、木の壁の取り合いが非常に美しく、どこまで目を凝らしてみても完全な美しさのディテールで、建物全体の完全性を実感できます。
iPhoneなど現代最高のプロダクトデザインと同様に、ミクロン単位までどこまで拡大して眺めても、完全なデザインの美しさを備えているのです。実におそるべきことです。


吹き抜けにの中心にあるコンクリートの円筒は階段室で、内部は非常にハードな雰囲気です。
木質の暖かさと、コンクリートのハードさのコントラストがお互いを引き立て合い、非常に印象的です。


最上部にはトップライトからの光がガラスブロックを透して海の底のような光を階段室に注いでいます。
部屋や場所によって全く異なる種類の自然光が降り注ぐようにデザインされています。


次は資料室と閲覧空間です。


広い資料空間の中の窓際に、静かに資料を閲覧するための窓と机が作りつけられています。


テーブル・椅子や本棚等の家具もカーンのデザインですが、通常の公共施設のそれとは異なり、木質の暖かな雰囲気は、住宅の椅子とテーブルセットが大きくなったような印象です。

家庭的な雰囲気の机・椅子と共に、天井から低い位置に吊るされた、大ぶりで特徴的な照明が、大きな空間に人の居場所をもたらしています。


この美術館は、公共施設としてではなく、巨大な"住宅"としてデザインされているように感じます。
ルイス・カーンは20世紀最高の住宅の一つも残していますが、小さな住宅と巨大な美術館が、ほとんど同じ価値観でつくり上げられています。

建築の世界では、住宅を作れれば他のあらゆる施設が作れると多くの建築家が語っています。
「住宅には建築の全てがある」と。

住宅は建築家にとって出世のためのステップではなく、建築は住宅に始まり住宅に終わると言うのです。
多くの巨匠達が、世界的な名声を獲得し大規模な建物を建設する一方で、小さな住宅を作り続け、名作と呼ばれる建物を残してきました。

この建物を見ていると、暖かさやリラックスできる落ち着き感など、住宅の持つ空間の特質が人にとっていかに大事なものであるかを考えさせられます。


この建物は20世紀後半以降の建物のスタンダードとなり、世界中でこの建物からインスピレーションを受けた公共施設やビルが作り続けられました。
写真を眺めている限りではそんなに良い建物だろうか・・・という印象でしたが、訪れてみてその理由がよくわかりました。
厳密な構成と完成度を備えながらも、また大空間ながらも、あまりにも心地よい建物なのです。

この建物の中では、静かに心が落ち着きます。
それは、この建物が住宅のような良質な空間の特質を持ち合わせているからでしょう。

なかなか通常Yale Universityを訪れる機会も無いかもしれませんが、近くにお出かけの際は、ぜひ20世紀最高の建築の特質を味わってみてください。


Yale Center for British Art


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