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野尻湖ホテル エルボスコ

日本でこれまで滞在したホテルの中から、これは!というものをいくつか取り上げたいと思います。
最近次々に建設された一泊数万円の高級ホテルは雑誌等で紹介されているかと思いますので、私が取り上げたいのは、リーズナブルかつ建築・ランドスケープが特別に優れているホテルです。
長野県の野尻湖畔に建築家御用達(?)のホテルがあります。
清家清氏設計のホテル、EL BOSCOです。
 

 
指の先まで動きが完全にコントロールされて美しい舞踏家の動きのように、このホテルは極めて自然で静かな雰囲気なのに、落ちてる石コロにまで気が配られ、内外の隅々までデザインされた美しい環境となっています。
建築自体が名作なのはもちろんのこと、ランドスケープも丁寧にデザインされ、湖を含めた環境全体が調和している、日本では極めて稀な例です。
そのさりげない美しさに脱帽しました。
EL BOSCOは野尻湖畔の半島に、雑木林に埋もれるようにひっそりと佇んでいます。
旧野尻湖プリンスホテルを近年リニューアルしたホテルです。
ホテル内にはレストランとロビーと客室以外の施設は特に存在せず、通常の観光地のように見て歩くものも遊ぶものも土産屋さんなども一切ありません。温泉もなし。街からも遠く離れています。(温泉には車で送迎してもらえます。この温泉も素晴らしい。)
周囲にはただただ湖と雑木林が広がるばかりで、推奨される過ごし方は読書と散策のみです。
 

 
清家清氏は戦後すぐから活動を始め、日本の現代建築の草創期をつくりました。住宅の設計で特に名高く、ホテルや公共施設等の作品もありますが、世間一般に広く名が知られているわけではありません。 東京の乃村工藝社屋や軽井沢プリンスなどが有名です。
私も日本の建築史の流れで作品を眺めてはいましたが、主な代表作は住宅作品なため、実際に訪れることもなかなかできず、今回が初めての体験でした。
ホテルは敷地の高低差を生かしてアプローチ側から見ると1層分の高さに抑えているため、大きめの住宅のような外観です。黒い鉄骨とレンガのテクスチャが印象的です。
 

 
ロビーに入ると、大きな窓から雑木林の豊かな緑が目に飛び込みます。
 

 
客室へ向かう廊下はゆったりと曲がり、奥まで見通せないようになっています。
 

 
廊下の途中には湖を眺められる休憩所がいくつか設けてあります。
 

 
さて、ようやく客室にたどりつき、ドアを開けると、いきなり階段が現れます。
 

 
階段を降りるにつれ段々室内の全体像が見えてくるのですが、降りきると正面の大きな窓の外に広がる景色が目に飛び込んできます。
客室は普通の広さで、ベッドとソファがあり、大きな窓が一つあります。どこにでもあるホテルの客室の作り方ですが、その"質"が際立って優れています。
何でもない部屋に見えるのですが、窓の前のソファでただボーっと外を眺めて過ごすことがあまりにも心地良いのです。
 

 
写真ではわかりにくいのですが、窓は天井いっぱいに取られ、視界一杯に外の景色が広がります。
 

 
丁寧につくられた木の家具は全て剣持勇氏のデザインで、イスやソファの座り心地は最高で、木のリラックスチェアとオットマンに座って外を眺めると、いつまでも座っていたくなります。
ベッドの背もたれは革張りで、ベッドの上でもソファのように過ごせます。
 

 
ここでは、大きな窓と、その脇にしつらえられたソファと、外を向けて置かれたリラックスチェアが絶妙な関係を持っています。
壁を背負って(後ろに人が通らない)座る場所が用意され、前方に明るく広い空間があると人間は最もリラックスして座り、心地よく感じることができます。これは室内でも室外でも同じで、居心地の良い空間をつくるための単純なセオリーでなのですが、窓からの眺めも含めて適切にデザインされている空間は滅多にありません。
ここは、ホテルではなく"家"としてつくられているように感じました。
理想の"住まい"を実現したのではないでしょうか。ホテルとは本来そのようなものであるべきですが。
 

 
かつてアメリカの建築家の巨匠ルイス・カーンが、自分がイメージする理想の部屋の姿を"THE ROOM"という一枚のスケッチに残しています。
そこに描かれているのは、"わたし"と"あなた"がいて、暖かな暖炉があり、光の差し込む窓が一つある、というものでした。
"THE ROOM”は建築のはじまりであり、心の中の場所である、と。
結局、暖炉と窓が一つと、"あなた"(あなたとわたしが過ごすイスやソファなどの場所)さえあればそれだけで満たされる、それこそが建築の根源的な空間なのだ、というようなことを表現したのだと思います。実際にフィッシャー邸という住宅でシンプルな究極の部屋を実現し、20世紀の一番の名作と語り継がれる住宅を残しました。
カーンの描いた"THE ROOM"にも似た普遍的な雰囲気を、このEL BOSCOの客室からは感じます。
ここにあるのは、理想の住まい像です。
ホテルであろうが、住宅であろうが、人が部屋で静かに過ごすことの理想像を突き詰めた究極の空間だといえます。
このような住まいが欲しい、と強く感じました。
まさしく名作です。
"居心地の良い"という一言では片付けられないほど、そこで人が過ごし・眺め・食べ・寝ることについて考え抜き、検討しつくした上で、注意深く空間がつくられ、家具が置かれ、最上の環境が用意されています。
 

 
このホテルは最近リニューアルされているものの、建設当初から数十年経過しているはずですが、少しも魅力が衰えていません。
むしろ時を経た壁のレンガ・板張りの天井・イスの木の質感・ベッドやソファのファブリックや革張りの質感が見た目も触感にも強く存在を主張し、心に働きかけてきます。
最近はどこもかしこも真っ白やミニマムで素材感の無い建築が流行しているためか、リアルな素材感を強く感じられる空間は非常に新鮮に感じます。
しかも外のリアルな自然環境と完全に調和しており、お互いを引き立てあっています。
建物の中から眺めると、外部の自然が圧倒的に美しく見えるのです。
 

 
一方、窓から眺める外の景色が、どうもただの雑木林にしては美しいすぎる・・・と思っていたら、注目すべきものは外にもありました。
 

 
たまたま職人さん数人が庭の手入れをしていたのですが、どこかで顔を見たことがあるような欧米人が一人混ざっているような・・・と思っていたら、何とガーデナーのポール・・スミザー氏が外構を手がけているとのこと。
日本本来の植物を多用しながらもイングリッシュガーデンのような素敵さを持つ、ナチュラルなガーデンづくりで非常に人気のある方です。
玄関アプローチの車寄せ周辺は緑に溢れているのですが・・・
 

 
よく見ると相当凝った植栽がされています。縁の石も無造作に積まれているように見えますが、計算しつくされています。
 

 
無造作に見える草むらにも様々な草が組み合わされ、非常に美しい・・・。
 

 
窓の外もただの雑木林に見えますが、よくよく見ると・・・
 

 
足元にはシダ・ギボウシ・スゲなど、まだ小さいのですが様々な草木が植えられています。
数年後には土が見えなくなるくらい緑でいっぱいになるはずです。
雑木林自体もだいぶ間引かれて、光が入るようにされているようです。
 

 
何でもなく見える園路も、非常にナチュラルな状態を意図したガーデナーによってコントロールされています。
 

 
当初はただ建築自体と元々の周辺環境が美しいホテルだったのだと推測されますが、ガーデナーが加わったことで、自然と建築をつなぐ間の部分が充実し、全体が完全に調和した、非常に見ごたえのある環境に生まれ変わりつつあるようです。
 

 
建築も家具も草木に至るまで環境全体に気が配られ、石ころ一個まで計算されているといっても過言ではありません。
さらに質の高いホテルのサービスと最高の食事も用意されています。
ここでは、国内では他に見ることのできないくらい、建築とランドスケープが一体となった素晴らしい総合的な環境が形成されています。
 

 
ホテルEL BOSCOは、主にそこに佇み、外の景色を眺めるためだけに存在しているようです。
ただ窓から景色を眺めるという単純なことが、これほどまでに心安らぎ、いつまでも飽きない楽しみとなり得る、ということに驚かされました。
 
ここは、特に住宅を建てようと思っている方全てに一度は体験してもらいたい場所です。
住まいとは何か、何が自分にとって本当に必要なものなのか、日本の気候や文化に調和する生活とはどんなものか、自然と共に生きるとはどういうことかなど、深く考えさせられる場所でした。
 
HOTEL EL BOSCO

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