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金沢21世紀美術館

今さらではありますが、金沢21世紀美術館です。
現在世界で最も人気のある日本人建築家SANAAの妹島和世氏と西沢立衛氏の作品で、日本では21世紀(といってもまだ10年ですが)最大の話題作です。日本の建築史には既に刻まれたことでしょう。
SANAAはここ数年で世界中の美術館や文化施設のコンペで次々に勝利し、アメリカ、スペイン、フランスなど現在世界中で建設され続けています。既に世界的に見ても絶大な影響力を持つ建築家です。
このままの勢いで行くと、歴史的に日本を代表する建築家であった丹下健三氏、磯崎新氏、安藤忠雄氏以上の存在になるのかも知れません。


が、私自身はその冷たく非人間的な空間を長らく批判的な目で眺めてきました。同時にあまりに興味深くもあり、やはり無視できない大きな存在で、好きと嫌いが強烈に混ざり合った複雑な心境で眺めてきました。

しかし金沢21世紀美術館だけはどうしても気になり、訪れる機会をうかがっていたのですが、今回竣工から5年経って始めて体験してみることができました。
建物の具体的な情報はwikipediaなどでどうぞ。

現地を訪れてみると・・・、その美しさにまずは驚きました。
これは、まだ体験したことの無い不思議な空間でした。
宇宙船のような、月面基地のような、タルコフスキーの映画"惑星ソラリス"に出てきそうな空間です。


金沢21世紀美術館には、ガラスの箱、グリッド、コートヤードなど、その名に反して20世紀前半に提示された空間像しかないじゃないか、と批判する人もいて、もっともな主張だと実際見るまでには思っていました。


しかし、現実にできているのは、全く初めて体験するタイプの空間でした。
こんなに完全な美しいがらんどうはこれまでありませんでした。
空間像自体は従来のものでも、できているものはこれまでに無いものです。


完全な空っぽなのに、実際に展覧会が開催され、様々な作品が空間を埋め、人が大勢入り、歩き回ると、なぜか楽しいのです。


歩き回ると、他の小さな展覧会や子供のワークショップ、図書室、喫茶店、ショップに次々に出会い、街中を歩いているような面白さがあります。設計者の意図した通りの状況が完全に実現され、うまく機能しています。


形ではなく状況をデザインしたとは、こういう状態を言うのかもしれません。
これまで歴史に残った建築家や、現代の他のアバンギャルド建築家たちが依然として過剰な"形"をデザインしているのに対し、あまりにも形がないことが新しい、のかもしれません。空間的な意図、デザインの主張も徹底的に消され、"何も無い"状態が徹底的に貫かれています。
あまりにも何も無いことで、人や作品などの中身や外部環境が美しく浮かび上がってきます。これは古来日本の伝統的な建築に共通の特質でもあります。


20世紀に提案された空間像や機能論からはスルスルとなんとなく逃れていってしまったような印象です。
私は、新しい感覚の建築だ、と感じました。


ただ20世紀的な建築の価値観を洗練させただけではない。が、何が新しいのか分析されることを拒んでいるように見えます。もしかしたら"感覚"でしかないのかもしれません。
ランダムに様々な部屋を体験できる・見える、ということのみかもしれません。
ただなんとなく、新しい。他にはない。非常に不思議な建物です。


ただ1箇所、裏方の事務室だけは苦労しているようです。外から丸見えな事務室をなんとか隠そうとしているのは見た目には残念な状態です。丸見えだとゴタゴタ散らかる裏方まで見えてしまうし、訪問者からジロジロ見られて居心地も極めて悪いのでしょうけども。これだけの建物ならばなんとか裏方までもスッキリ見せてもらいたくなります。


現実の空間はとても美しいのですが、驚くのは写真に撮ると現実以上に美しく見えることです。写真家がこの美術館だけで一冊の写真集を作るだけあります。あまりにも絵になるのです。写真で見ていると美しいけど、現実に訪れるとそうでもない建物が有名な建築家の作品にもよくあります。その逆もよくあります。しかし現実の空間も良くて写真にも極めてよく写る建物とは、そうめったにあるものではありません。



今回はオラファー・エリアソン展が開催されていたのに合わせて訪れたのですが、この展覧会自体も素晴らしいのですが、21世紀美術館の空間を最大限活かしていて、施設としては最も理想的な使われ方の状態でもあったようです。
通路も展開会場になり、会場の中と外はガラスで隔てられているのみで視覚的にはつながっています。


金沢21世紀美術館は既に社会現象となり久しいですが、その集客力といい、アート、デザインなど様々なメディアなどからの取り上げられ方は一建築物としては驚くべきものでした。
年間百万人以上を集める集客施設となり、若い人々を呼び込むことで金沢観光をも一変させ、美術館としては例の無い社会的な大成功をおさめました。年間100万人以上というのは、ディズニーランド並みのエンターテイメント施設でもあるということです。驚きです。
後にも先にもこれほどの成功はなかなかないでしょう。


実際に訪れてみると、人の多さと、年齢層の多様さに驚かされます。現代アートの美術館なのに、若い人ばかりでなく、兼六園に観光バスでやってきたような高齢の方々も次々にやってきて、普段めったに見ないであろう現代美術を体験しています。観光客も、地元の老若男女も訪れているようです。このような状態の美術館は初めて見ました。
公立美術館の役割としてもまさに理想的なもので、完全に成功しています。


金沢21世紀美術館と比べると、従来の美術館の全てが古く見えてきます。もちろん古いもののにしかない良さもありますが。
現代建築には"新しさ"が常に宿命的に求められます。それゆえ新しさ自体のためにおかしな形やあまりにも大仰な建築というのも歴史的に数多く作られてきました。現代建築はそんなふうにしてできたおかしなものばかりだ、と言うこともできます。私自身はそんな"新しい"現代建築の最先端を毛嫌いしてきたのですが、金沢21世紀美術館を見て、初めて"新しい"こと自体の価値を強烈に感じました。
"新しい"感覚は、何か精神の高揚や発想の転換を生んだり、想像力を喚起したり、まだ見ぬ世界に踏み出すきっかけをつくる場合もある、のかもしれませんね。もしかしたら。
少なくとも"楽しい"体験であることだけは間違いありません。


いずれにしても、ここにはどなたも1度は訪れてみるべき価値があります。
近くに旅行の際はぜひ訪れてみてください。
"現代アート"と同じように、"現代建築"とはどのように見ればよいものか一般的にはよくわからないかもしれませんが、なんとなく"何か"を感じることはできると思います。
なにもないじゃないか!と感じる人も多いでしょうけども・・・。
あなたはどちらでしょうか???

あると言えばある、無いと言えば無い、あるようで無いような、そんな禅問答のような不思議な建物でした。



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