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内村鑑三記念館"石の教会"

「これは建築ではない・・・!」
と感じるすごい建築がごく稀にあります。

どういうことかと言うと、建築家らしい建築ではない、ということです。

建築でなかったら何なのかと言うと、ランドスケープや都市計画、アートなど建築の周辺、もしくは全く別の視点からつくられている「建築」に特に強く感動させられることがあります。

そのような例の一つがこの軽井沢の内村鑑三記念館、通称"石の教会"です。




ここは軽井沢某大手リゾートの結婚式場付属の教会として利用されているのですが、教会としては全く異色作で他にほとんど例のないようなものです。
フランク・ロイド・ライトの弟子にあたる、ケンドリック・ケロッグというオーストラリアの建築家の設計です。建築界ではあまり名は知られていないようですが。

この建物(?)を初めて目にしたときの印象は、「これは建築ではなく造園だな・・・。」というものでした。
建物なのですが、全く野蛮かつ直線が一つもなく、通常の建築とはかけ離れています。建築界での評価は特に高いわけではなさそうですが、「ランドスケープ」の視点から眺めるとこの建物のすごさや作り手の意図が見えてきます。



おそらく目指したイメージは、建築の始原である「洞窟」であろうと思います。
古来世界の各地で洞窟や自然にできた岩の裂け目や湧き水などの特異な地形が聖地・聖なる空間として利用され、儀式や祀りが行われてきました。
たとえば沖縄の" 御嶽(ウタキ)"やハワイ・カウアイ島の"シダの洞窟”、メキシコの"セノーテ"などがまさにそのような空間にあたります。これらの空間は次回取り上げたいと思います。

教会の全体像は、石積み擁壁で道をつくり、コンクリートのアーチを連ねただけのとてもシンプルな構成で、造園設計の構造物に非常に近いものです。しかし、アーチがばたばたとドミノのように倒され大きさを徐々に変えていることと、平面が人間の精子の形をした有機的な形をしているため、内部は非常に複雑な空間構成に感じます。



建物に近づくと、外観はただの「道」、もしくは「岩山」のようなたたずまいです。
コンクリートのアーチが連なるアプローチをくぐり、石壁の間を通り抜けると、内部には楽園のような光景が広がります。



石積みの上にはシダが生い茂り、どこからともなく水が湧き出る音が聞こえてきます。
正面には大きな開口があり、まさに洞窟の裂け目から射すような光がこぼれています。
あまりに神々しく、夢の中のような空間となっています。
ローマ時代の遺跡や、もっと原始的な自然崇拝の聖地のようなイメージを受けます。
全く言葉を失ってしまうような感動、の空間でした。

人為的にこのようなものがつくれるとは・・・。







ぜひ軽井沢に旅行の際は体験してみてください。

話は少し変わりますが、通常建築家というものはとても勉強家で、発想や才能一つで建築をつくれるような天才的な人間はまずいません。どんなに高名な建築家でも、建築技術や歴史、土地の風土、また人間の性質や感性など多くの要素を学んで初めてオリジナルな建物をつくれるようになります。
ですから高名な建築家の多くは歴史に残る建物や最新の技術の多くを人並みはずれて特に良く勉強しているわけですが、学ぶということは既存の建築界の価値観の枠組みに属すということでもあります。多くの現代建築が似たような形や傾向を持つのはそのためです。どんなにヘンなカタチに見えても歴史や技術を踏まえいて、ファッションと同様に世界中で共通の流行を追いかけています。

そのような建築の価値観や原則から全く離れたところでこの「石の教会」はつくられたように感じます。
純粋にどこかで体験した聖地の空間を写し取ったのかもしれません。
いずれにしても世界的に見てもおそらくなかなか体験することのできない、すばらしい空間が軽井沢に残されています。



自分の究極の目標としては、建物が完成したときに"これは建築ではないな・・・"と自分が思えるような建物なり環境をいつかつくってみたいと考えています。たぶんその時が、新しい「建築」が生まれた瞬間となるのではないかと。
人生で1度きりでも、いつかそのようなものができれば本望です。

軽井沢 石の教会

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