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ユハ・レイヴィスカの"光の教会"

今回は1980〜90年代に活躍したフィンランドの国民的建築家、ユハ・レイヴィスカのPkilla(パキラ)教会です。
ヘルシンキ郊外の普通の住宅地にあるのですが、「光の教会」と呼んでも過言では無い程、「光」がおそらく世界最高な建築です。
これはすごいです。深く深く感動を覚えました。今回北欧から南ヨーロッパまで見て回りましたが、ベスト1建築です。

言葉はいらない。ただただ美しい。光が音楽を奏でています。
「建築」にはこんなことができるんだ!という素朴な驚きを覚えました。
このような建物が現代にもあるというだけで、建築に関わっていて本当に良かったと思いました。


 
ヘルシンキ中心部からバスとタクシーを乗り継いで1時間ほど。
パキラ教会は、ヘルシンキ郊外の何でもない住宅街の中にあります。
近づいてみると・・・これが?というくらいオーラのない外観。



良くも悪くも素朴過ぎて周囲の街並みに溶け込む教会の外観です。



白い列柱の回廊を歩くアプローチ。



しかし教会の中に足を踏み入れると、印象は一変します。



ここからが教会の内部です。
もうほとんど言葉は要りません。



ここでは、光の「奇跡」が毎日訪れます。
ただただ美しい・・・。
あまりに美しすぎて思い出すだけでドキドキしてきます。



光が上から降ってきて音楽を奏でているかのようなイメージを感じます。
古今東西の教会は、天井から光が降ってくるイメージで高い位置に窓を取っる場合が多いのですが、
ここではさらに縦に光の帯が無数に設けられていることで、光が上から降ってくる感覚が強調されています。
さらに全て反射させた光がやわらかく広がる、間接光の帯にされているところがこの教会の大きな特徴です。



しましまの縦の光は、様々な方向を向けて無数に立てられた衝立のような壁の隙間からの間接光です。
「ついたて」の端部を見ると、シンプルに見えるにもかかわらず、あまりにも複雑にデザインされていることがよくわかります。
非常に複雑なトップライト部分は、氷山のようにも見えます。

壁が様々な方向に向けられているために、見る時間によって光の質が変化し続けます。
また、祭壇に向かって右下から左上にかけて光のグラデーションができるように「ついたて」の間隔やトップライトがデザインされています。

「隙間から漏れ出る光」がこの教会の全てです。



光の隙間には三角形のプリズムのようなガラスブロックが、光を乱反射するようにわざわざ角度を変えたり回転させたりして
凸凹に取り付けられています。



ガラスブロック自体も手作りなのか、自然にできた氷の塊のように歪みがあり、光にもその歪みが表現されます。
弱い光の時は光がぼんやりと揺らぐ程度ですが、直射日光が当たると、強力に歪んだ芸術的な光が広がります。
大自然の中で体験される「水」や「氷」を通した光のようなものが、建築的に再現されて固定されています。
北欧の建築家でないと出せない光かもしれません。



また、光のスリットの裏には色のついたパネルが貼られ、反射光がぼんやりと色のついた光を放ちます。



パネルを反射させるだけでも思いの他しっかりと反射光に色が付いて、幻想的なイメージを醸し出しています。
色ガラスを通した光にも似ていますが、もっとぼんやりとしてやわらかな色のイメージです。





祭壇は非常にシンプルに仕上げられています。
架けられたテキスタイルも、葉っぱ模様でおだやかながらも印象的なデザインがされています。
また、置かれた花瓶やろうそく立ても氷の塊のようなデザインで、壁のガラスブロックと対応しています。
シンプルながらも、おそろしく美しく洗練された祭壇です。



この教会は、空間から「音楽」を感じさせます。
全ての形態がパイプオルガンの形態に対応して、リズミカルな光の帯や天井の板張りのパターン、無数に浮かぶ照明の配置が
ピアノの鍵盤や五線譜と音符の配列のようで、空間全体から美しい音楽を奏でているようなリズムを感じさせます。

何でもない住宅地の中の小さな教会なのですが、オーケストラが壮大で美しい演奏を奏でているような空間が内包されています。



さらに教会内部では、ちょうど讃美歌のピアノの練習をしていて、夢の中のような空間でした。



北欧ならではの、天上世界のイメージです。



教会内部は基本真っ白なのですが、家具や壁等人に近い部分の多くは白い塗装の板張りで、
床のテラコッタタイルの茶色と椅子の木の質感も手伝って、空間全体は非常にやわらかく優しい印象を与えています。

一方、もう一つの教会全体のテーマカラーとして、「ブルー」があります。
白い空間にブルーのパネルと外部の紅葉の黄色が映えます。



ただの青いパネルかと思いきや、近づくと非常に深い色彩を放っています。



聖書もブルー。ぴったりと棚に納まっています。



教会内の要所ごとに、この青いパネルがかけられています。



照明に光が灯るとまた表情が一変します。
すさまじい数の照明が高さを変えながら吊り下げられることで、光が空から降りてきて、浮遊し漂っているような感覚を覚えます。
天使が降りてきたようなイメージなのかもしれません。










長い時間佇んでいると、空の雲の動きで空間全体が明滅を繰り返します。





あまりにもこの光の変化が美しく興味深く、ぼんやりと眺めているうちに日が暮れ、
いつのまにか半日ほど過ごしてしまったほどでした。








これほどの建物を体験すると、やはり建築とは芸術の一種なのだということを思い知らされます。
通常建築とは単なる人間の活動するための「器」や「箱」にすぎないのですが、「箱」を突き詰めると、崇高さや人智を超える世界、自然を超える姿等、
あまりにも様々なイメージを空間で表現することできます。



このパキラ教会では、北方独自の「天上の世界」や、深い針葉樹の森の中の「崇高な自然」のような感覚を強烈に感じます。



しましまの光の壁を外から見ると、意外と単純なレンガの壁とトップライトがあるばかりです。



外には鐘楼。
こちらもすごい枚数の壁を組み合わせた形態です。



「ついたて」のような背の高い壁の複雑な組み合わせで、建物の全ての要素が構成されています。
単純な要素の組み合わせから、あまりにも複雑な空間の効果がもたらされることに驚かされました。



パキラ教会は、世界的な名作として認められていますが、近年それほど建築業界で言及されることはありません。
時折光が美しい教会として、建築メディアで取り上げられるだけです。
来てみてその理由がよくわかりました。
「言葉にはならない」からです。
その美しさを体験することしか意味がないのです。
たくさん建物を眺めてきましたが、これほど光が美しい空間は、初めての体験でした。

建築の「おもしろさ」を改めて強烈に感じた教会でした。


 

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